プラスチックによる環境汚染
現在使用されているプラスチックの多くは環境中で分解されにくい材料であり、波・風や紫外線などの物理的な作用により砕かれマイクロプラスチックと呼ばれる微粒子になります。粒子径の小さいマイクロプラスチックはプランクトンなどの体内に入り込み、食物連鎖により魚類などに蓄積する可能性が懸念されます。最近では空気中からもマイクロプラスチックが検出され、逆にマイクロプラスチックが見つからないところはない、とさえ言われています。 このような背景から、微生物の作用により環境中で分解される生分解性プラスチックに対する関心が高まっています。
生分解は微生物の食事
生分解性材料を活用するためには、その性質を正しく理解することが必要です。よくある問題は、分解する環境の効果が考慮されていないことです。コンポスト環境下では生分解されるプラスチックが海洋では分解されない、といったことが起こります。なぜこのようなことが起こるのでしょうか?これを理解するためには、生分解が微生物の食事であることを考える必要があります。プラスチックの分子(高分子)はとても大きいので、そのままでは細胞内に取り込むことができません。したがって、細胞の外で、小さな分子に切断する必要があります。ここで分解酵素を用いますが、ポイントは、その酵素を細胞の外に出さなければならないことです。酵素はタンパク質なので、我々の体に例えると、肉を一部削って捨てるようなものです。我々が細菌くらいの大きさだったとすると、酵素1分子は、数ミリメートルの大きさです。酵素を1分子出すことは、数ミリメートルの肉片を捨てるようなものです。これはなかなか大変です。
したがって、微生物は無駄に酵素を分泌しないような仕組みを持っています。細胞の外に食べられる高分子があって、餌が回収できるかをいつも考えています。ここで、人間が作ったプラスチックとその他の生ごみが共存する環境では、生ごみの中の餌を食べるために、いろいろな分解酵素が分泌されます。これらの酵素によって、プラスチックの分子が小さく切断されると、その小さい断片は微生物によって吸収・消化され、生分解されることになります。一方で、海のように他の栄養が非常に薄くしかない環境にプラスチックがある場合、そのプラスチックが餌だと分かってもらえなければ、いつまでも分解されないことになります。これが、環境によって生分解性が異なる理由の一つです。
新規生分解性材料の創生へ
私たちが研究しているポリヒドロキシアルカン酸(PHA)というポリマーは、元々天然物なので、微生物体によって餌と認識されて生分解されます。これがPHAが極めて優れた生分解性を持つ理由です。しかし、天然の分子構造だけでは、プラスチック材料として利用する際に、性能が十分に出ない場合があります。もっと使いやすいプラスチックを作るためには、分子構造をいろいろと変えることが必要です。一方で、人工的に構造を改変したPHAは、もはや完全な天然物とは言えません。これが天然物と同様の生分解性を示すかどうかは、調べてみないと分かりません。では、材料としても非常に使いやすい物性をもち、生分解性の観点からも非常に優秀で完全に分解されるような高分子は作れるのでしょうか?それを探索するのが、現在の非常に重要な研究課題です。
バイオベースプラスチックとは
バイオベースプラスチックとは、再生可能なバイオマスを原料として合成されるプラスチックを意味します。石油を原料としないため、持続的に生産可能であることが期待されます。よく混同されるのですが、生分解性を有することと、バイオベースであることは、直接は関係ありません。砂糖を原料にエタノール発酵を行い、それをエチレンに変換して重合することにより得られるポリエチレンは、バイオベースですが生分解性がありません。天然型PHAやセルロースなどの生体高分子は、バイオベースであり且つ生分解性を持ちます。
私たちの研究室では、様々な非天然型PHAを合成していますが、その一部にはバイオベースでないポリマーも含まれます。つまり、一部の構造に石油由来のモノマーを使用しています。次の段階として、そのモノマーをバイオマスから合成する合成経路を開発することも重要な研究課題です。例えば、グリコール酸ポリマーは、最初は石油由来のグリコール酸を使用してポリマー合成に成功しましたが、今では生合成したグリコール酸から同様のポリマーを合成することも可能になっています。